ヨム・キプールの記憶(2)

2003年10月5日(日)

同僚からの電話で、昨日のハイファでの自爆テロを受けて、イスラエルの戦闘機がシリア・レバノン間の国境付近(シリア側)にあるパレスチナの訓練キャンプ1箇所を攻撃したとのことを知らされた。CNNをつけたら、何度も何度も同じ映像が流れていた。イスラエルの理論はこうだ。

「(昨日のテロに関して犯行声明を出した)イスラミック・ジハードは他のテロ組織と同様、イランやシリアを始めとする国々の支援を受けている。シリアはテロの支援国家であり、地域に静寂や安定を得るための取り組みを絶えず妨害しようとしている」

この空爆は1973年以来、初のイスラエルによるシリア空爆になるとのこと。昨日のハイファでのテロの死亡者は19名、負傷者は45名。うち5名は重傷だという。この国でテロ発生時に「重傷者○名」と報道された場合、残念ながら、この○名はほぼ全員死亡者数に加わることになる。

通常、イスラエル国防軍は、シャバット、ユダヤ教の宗教行事がある際には活動を停止する。ただ、もちろん、国家安全保障や人命に関わるような事態が発生すれば違うお話で軍は直ちに動き出す。この日の日没からヨム・キプールが始まろうとする今日のこの日、イスラエルはシリアのパレスチナ訓練キャンプを攻撃した。このことで、イスラエルが、昨日のハイファの自爆テロをどれほど大きく受け止めているかがうかがえる。

イスラエルにより空爆された場所は、ダマスカスの西方約50km。シリアは、テロ組織と関係のない市民が居住するキャンプが空爆されたとして、イスラエルを非難するよう国連安保理に要求することも含めて、外交チャンネルを通じてこの空爆に反応する構え。国連安保理開催かな。

昨日の夕方、いつものドライブ・コースを走ってハイファへ向かった。テロの前に先生と一緒に食事をしたマキシム・レストランの前では、まだ警官や軍の関係者が作業を続けていた。途中で買った花を少し離れた場所にお供えした後、日没まで夕焼けを眺めて、テルアビブへ戻った。

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写真は、この年のヨム・キプール明け直前のテルアビブのビーチの夕焼け(過去の日記やいろんなものを見直すと2003年の10月6日の日没を撮ったものだと思われます)。ハイファでのテロから数えて、3回目の夜を迎えようとしているところ。ヨム・キプールを終えて、この日の夜から新しい1年が始まろうとしていたところ。
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by ahirunoko724 | 2007-09-27 00:20 | ある日の日記